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本成寺便り№047

山主所感《信の風》

 障子、襖を張り替えました。

 あわせて、普段さぼりがちな掃除をせっせと。普段の部屋、特に机の上と言うと見事な散らかり様。

 これからは常に、まめに掃除と整理整頓!

 

 信仰も同じ。

一時だけ燃え上がるように熱心にお参りし、火が消えたようにお参りしなくなる「火のような信仰」ではいけません。

絶え間なく流れ続ける「水のような信仰」こそ正しい信仰だと宗祖は諭されています。

 

 水は氷や空気になっても常温では水に戻ります。

本来の私たちは仏様の従者・弟子・子どもです。本来の自分を見失わない、自身の尊さを忘れない功徳

一つにまとまると大きな岩ですら押し動かします。他を動かす功徳 異体同心の功徳

どんな形の器に収まる、順応出来ます。平等とも言える功徳。

他の汚れを落とすことが出来る事から、清浄な功徳。

さらに無色透明、透けて見えるから、隠し事がない正直という功徳。

常に高い所から低い方へ流れますから、常に精進する功徳があります。

 

これら水の功徳は全て仏様の功徳です。

 

振り返ってみると、私たちの身体の七割が水分。尊い功徳でいっぱい!

仏様の功徳は私たちの功徳です!

功徳は頂くばかりでなく発揮しなくてはならないものなのです!

本成寺  往来  オーライ

★ 令和4年6月8日、義兄が逝ってしまった。

  行年68才。名古屋市南区法筵寺第二世の住職でした。

 

★病を患ってから、病と闘い抜き、やがて死を覚悟されてから、子や孫に現実を示そうと、自坊での療養を選択。

 

★やせ細り、声も十分に出せない姿をもって、生きる事の大切さ、価値、人としての役割、使命を最後まで示されました。

 

★人生に勝ち負けは無いが、僧侶として布教し尽くした生涯はあっぱれでした。

 

 

★ただ、お許しください。葬儀の際、名古屋市内寺院を代表しての私の弔辞は、涙するだけだったことを。

副住職行佑 戦争殉死者慰霊の道

 

○令和4年7月、沖縄戦殉難者慰霊の唱題行脚に参加してきました。

 

 

○さらに同8月2日、長崎原爆殉難者慰霊行脚にも参加してきました。

 

○猛暑の中、団扇太鼓を撃ち叩き、力一杯お題目を唱えての行脚行進でした。

 

 

○我々僧侶が出来る事、やらなくてはいけない事、やれる事と言えば、やはり祈る事、拝む事、供養することなのでしょう。

世の中がコロナ禍に没して、今や第七波の真っただ中。

外出自粛、リモートによる職務遂行。人と会う事が「悪」と指摘されかねない社会状況。

一方で行動制限のない現実。

行動に制限がある事でなく、無い事がニュースになる現状。

だからこそ、動くか、留まるのか、しっかり見極めなくては                     住職 G